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神戸地方裁判所 昭和40年(わ)1011号 判決

主文

被告人は無罪。

理由

(公訴事実)

本件公訴事実は、

被告人は、全国電気通信労働組合近畿地方本部兵庫県支部の執行委員であるが、かねて同組合所属組合員の行なつた違法争議行為に対し日本電信電話公社の行なつた同組合員に対する行政処分を不当とし、

第一、昭和四〇年七月二日午前一〇時ごろ、神戸市長田区細田町七丁目三番地所在の長田電報局局長室において、電報料金の収納等に関する会計書類の点検、決裁の職務を行なつていた同電報局長北井義一に対し、「お前の体の中に狐がついておるから叩き出してやる」「不当処分撤回」と怒号し、矢庭に同局長の耳もとで、四リツトル入りのガソリンの空缶を四、五回激しく連打して暴行を加え、もつて、公務員である同局長の右職務の執行を妨害し、

第二、同日午前一一時ごろ、同電報局内の窓口事務、通信室において、電報配達業務等に関する上部機関への報告文書作成の職務を行なつていた同電報局次長岩崎昇二郎に対し、前同様のことを怒号し、同次長の顔面直前で、一八リツトル入りの石油の空缶を四、五回激しく連打し、その際、前記北井局長から職場秩序の維持のため右行為を制止されるや、約三〇分にわたり、同局長および同次長に対し、「この汚ない手で処分したのか」「警察を呼ぶなら呼んでみろ、警官位来たらぶん殴つてやる」等と怒号して、同人らの耳もとで前記空缶を十数回激しく連打し、さらに同局長の両肩を両手で突き飛ばし、左手甲を一〇回位手刀で殴りつけ、鉄製の書類箱に同人を押しつけて前後にゆさぶるなどの暴行を加え、前記次長に対しては、いわゆる「しつぺ」で同人の左手甲を四、五回強く殴りつけて暴行を加え、もつて、公務員である右両名の前記職務の執行を妨害し

たものである。

というのである。

(当裁判所の判断)

第一、被告人の本件公訴事実の時点における行動

被告人は、日本電信電話公社(以下「公社」という。)が、昭和四〇年四月二〇日、二三日の両日にわたる半日ストライキを理由に、全国電気通信労働組合(以下「組合」という。)組合員に対して行なつた大量処分の撤回斗争の一環として、後述のパルチザン斗争の点検指導を行なう目的で、同年七月二日午前九時三〇分ごろ、神戸市長田区細田町七丁目三番地所在の長田電報局に赴き、

一、同日午前一〇時ごろ、同局局長室に庶務室側(南側)出入口から入り、右局長室局長机において、電信電話の収入に関する会計書類等の閲覧、決裁の職務を行なつていた同局局長北井義一(以下「局長」という。)に対し、「よう局長」と声をかけ、これに応対するため立ち上つた局長のそばに近よるや、来局の目的を局長に認識させるため、「不当処分撤回」と二、三回大声で言つたところ、局長から、「不当処分してないですよ」と笑いながら言い返されたため、いやがらせをしようと考え、「お前の体についている狐をたたき出してやる」と冗談めいたことを言いながら、携行した四リツトル入りのガソリンの空缶(昭和四一年押第一〇〇号の二と同種類のもの)を左手で持ち、右手拳で数回それを連続的にたたいたうえ、廊下側(西側)出入口から退出した。

二、その後、同日午前一一時ごろ、被告人は、長田分会会長金月幹男ほか同分会執行委員数名とともに同局窓口事務・通信室に赴いた。同局次長岩崎昇二郎(以下「次長」という。)はその時同室東側の次長机において、業績基準の資料作成の職務を行なつていたが、被告人ほか右執行委員数名の姿を認めるや、右職務行為を中止し、資料等を机の引き出しにしまい込んでその場に立ち上つた。被告人は、次長のそばに近よるや、前同様の目的で「不当処分を撤回せよ」と言いながら、携行した一八リツトル入りの石油の空缶(同押号の一と同種類のもの)を一回たたいた後、次長に対し、組合員に処分理由を説明しているかどうかを質したうえ、「君はなに課長か処分理由をいえ」と言うことを口火に、組合はストライキを行なつたのにかかわらず、公社がそれを無断欠勤と目して就業規則により処分したのは不当であることを厳しく糾弾した。これに対し、次長は終始沈黙を続けていたところ、同室から庶務室を隔てた局長室において被告人の右抗議行動を察知した局長は、同日午前一一時一〇分ごろ、職場秩序を維持する目的で、右窓口事務・通信室の庶務室側出入口に赴き、被告人に対し、「ここは現場やから話があるのなら局長室でしようやないか」と声をかけたが、被告人はそれを無視して次長に対する前記抗議を続けたため、局長は、被告人のそばに近づき再び被告人を局長室に招請したところ、次長に対し抗議中であつた被告人は、「お前なんか出て来いでええわ、へつこんどれ」と言って局長の両肩に手をかけた。そのはずみで局長は二、三歩後退したが、「話せばわかるんやないか」と言つて再び被告人のそばに戻つたため、被告人は、この機会に局長に対しても抗議しようと考え、前同様に処分の不当性を説明し、処分された組合員の立場を訴えて局長を詰問追及した。これに対し、局長は、「君らのストライキやつたんはわかつておる。しかし、処分したんは無断欠勤でしておるが、無断欠勤とは無断遅参、無断早退、無断欠勤を総称していうておるんであつて、事務上の処理として出勤簿は無断遅参として処理しておる」旨の回答をする程度で納得のできる回答をなしえなかつたため、被告人は、さらに返答を促がし、あわせて非難を加える意図で、「この汚ない手で処分しやがつて」と言いながら、下腹部に組んでいた局長の左手甲を自己の右手甲で三回位軽くたたき、さらに、次長の左手甲をいわゆるシツペで数回軽くたたいたうえ、局長に対し、「お前が憎らしいんじやないぞ、お前の体にひそむ狐か狸が憎たらしいんだ」などとたわいもないことを言いながら、局長の顔の方に前記石油の空缶を近ずけて、左右二回にわたりそれを固形物で数回連打した。それから被告人は、右処分の発令時に長田分会組合員が局長に対して処分理由の説明を求め抗議した際、局長が「警察を呼ぶぞ」などと言つた点をとりあげ、局長にその点を質したうえ、「警察はわれわれの税金で喰わしてやつておるんや、労働問題に警察が介入するのはおかしいやないか、局長、呼ぶんやつたら呼んでみい」などと詰つたところ、局長から、「君らがやつてるような程度のことで警察を呼ぶ必要はない」とあしらわれたため、「生意気なこというな」と言いながら、局長の両肩に手をかけて前後に軽く二、三回ゆさぶつた後、局長、次長を交互に見ながら、「お前らも一〇〇円より昇給せいへんのや、一〇〇円以上はもらえへんのやな」と言つたところ、局長および次長は、こもごも「公社からもらうものですから、もらいます」などと返答したため、自己に都合のいいことだけ返答する次長に対しいやがらせをしようと考え、次長の顔の近くに前記石油の空缶を近ずけて、左右両側でそれを数回連打した。そして、被告人が再び局長と対峙した際、局長から、「お前は力もそう出してやつてないと思つてやつておるが、わしはお前に突かれたらひよろひよろするからやめておいてくれ」と言われたので、被告人は、「何をぬかす、この汚ない手で処分しやがつて」と言いながら、肝心の処分理由については十分な回答のできない局長の左手甲を三回位自己の右手甲で軽くたたいた後、終始処分理由について何らの回答もしない次長に対し「次長、お前は労務担当やろ、労務担当なら担当らしくしつかりせい」と言つたところ、局長が横合いから、「次長はこの二月に来たばかりや、わしは労務の方は古いんやから、なんやつたらわしにいえ」などと口をはさんで来たため、「生意気なことをいうな」と言いながら、再び局長の両肩に手をかけて前後に軽く三、四回ゆさぶつた挙句、水を飲みに行くため同室を一たん退去した。しばらくして再び同室に戻つた被告人は、前記石油の空缶をたたきながら、前記執行委員数名とともに、「不当処分撤回」とシユプレヒコールを三回繰り返して、同日午前一一時四〇分ごろ同室を退出した。

〔以上の事実は、証人北井義一、同岩崎昇二郎、同金月幹男、同野村澄男および被告人の当公判廷における各供述、当裁判所の検証調書、司法警察員作成の検証調書、一八リツトル入りの石油の空缶(昭和四一年押第一〇〇号の一)、四リツトル入りのガソリンの空缶(同押号の二)を総合してこれを認める。〕

第二、公務執行妨害罪の成否

一、局長および次長の身分

局長、次長は、いずれも日本電信電話公社法(以下「公社法」という。)にいう職員である(同法二八条)から、同法三五条、一八条により公務執行妨害罪にいう公務員であることは明白である。

二、局長および次長の公務の執行行為について

(一) 検察官は、前記公訴事実第一において、局長の妨害された公務執行行為は、電報料金の収納等に関する会計書類の点検、決裁の職務であると主張する。前掲各証拠によれば、なるほど、被告人が局長室に入つた際、局長は右職務を行なつていたことが認められ、その職務が公社職制六七条三項、五項、四六条に基づく適法な執行行為であることは疑いのないところであるが、被告人が「よう局長」と声をかけるや、局長は立ち上つて被告人に応対を開始したこと、しかも、その時被告人が処分理由の説明要求のために来たものと察知していたことが窺われるのであつて、右各事実に徴すれば、右時点において前記職務は局長の自発的自由な意思によつて中断されたものと認められるから、検察官の右主張は採用できない。

もつとも、証人北井義一は、当公判廷において、「被告人が前記空缶をたたいて退出した直後、一・二分間耳の奥から頭の方へじんじんしてすぐ仕事にとりかかれなかつた」旨供述するけれども、押収してある空缶(昭和四一年押第一〇〇号の二)の材質、大きさ、形態と打撃に使用したものが手拳にすぎなかつたことなどに徴し、その際右供述のような身体的影響を及ぼすような高音を発したものとは全く考えられないから、右供述は信用できない。したがつて、検察官主張の同局長の公務執行に対する妨害の事実は認められない。

(二) 検察官は、前記公訴事実第二において、次長の妨害された公務執行行為は、電報配達業務等に関する上部機関への報告文書作成の職務であり、また、局長のそれは、職場秩序の維持を目的とする被告人の行動の制止の職務であると主張する。前掲各証拠によれば、被告人が窓口事務・通信室に入つた際、次長は業績基準の資料作成の職務を行なつていたことが認められ、その職務が電話局、電報局等分課規程二三一条、三章一節による適法な執行行為であることは明らかであるが、次長は被告人の姿を認めるや、被告人に応対するため、右作成中の書類を自己の机の引き出しにしまい込んで右職務行為を任意に中断したことが認められ、また、局長においても、職場秩序維持の目的で同室に赴き、「ここは現場やから話があるなら局長室でしようやないか」と被告人の行動を一応えんきよくに制止したことが窺われ、その職務は局所管理規程二条、三条、一〇条による適法な執行行為であるというべきであるが、局長の右行為は、右のようにえんきよくな言葉を用いたものであつて、明白かつ強固な制止でなかつたばかりでなく、むしろ場所を移転して応接したい旨の誘引的申し入れの響きの強いものであつたこと、しかも、局長はその直後から同所において被告人の抗議に対し応答を続け、明確な制止行為は全くしていないこと、局長が同所において右のような応対をするについて、これを強いるような制圧は加えられていないことなどの事実が認められ、局長の右行動を全体的に考察すれば、局長は同所における被告人の行動を容認してこれに応対したものというべきであつて、同人の制止行為はなかつたことに帰するから、検察官の右主張はいずれも採用できない。

(三) ところで、前掲各証拠によれば、被告人は、局長および次長に対し、後に触れる公社が昭和四〇年六月五日なした大量処分の処分理由の説明要求および不当処分に対する抗議を目的として前記行為に及んだことが認められるところ、処分理由の説明については、近畿電気通信局と近畿地方本部との間に、管理者が被処分者個々人に対して処分理由を説明する旨の了解が成立しており、また、神戸都市管理部と兵庫県支部との間においても、業務に支障のない限り勤務時間中でもその説明を求めることができる旨の合意がなされていること〔議事録照合事項写、支部交渉等記録書写〕、長田電報局においては、従来、兵庫県支部の役員が来局した際、それが同局に対応する組合の機関ではないのであるが、局長および次長は勤務時間中であつてもそれに応接し、その組合活動を行なうことを承認していた慣行があつたこと〔証人出口二郎、同金月幹男の当公判廷における各供述〕から、局長および次長は、前記被告人の説明要求に応ずるのが相当であり、また、局長、次長もこれを認めて、前認定のとおり、被告人と応対したものであつて、この応対こそまさに当時の局長および次長の公務の執行行為であつたといわざるをえない。

しかして、被告人としても、その目的は、局長、次長に対し、処分理由の説明を要求し、かつ不当処分に対して抗議することにあつたものであり、局長、次長がなんら納得のいく処分理由の説明をしなかつたのにもかかわらず、三、四〇分程度で任意にその抗議行動を止めて退出したものであつて、局長、次長をして当時執務中の一般平常事務の執行を長時間にわたり中断放棄するの余儀なきに至らしめるような意図を持つていたものでないことも明らかであるから、被告人には、局長、次長の公務の執行行為を妨害する犯意がなかつたことが明白である。したがつて、被告人に対する公務執行妨害罪の成立は否定されなければならない。

第三、暴行罪の成否

前記第一に認定した事実のうち、被告人が、局長の両肩に手をかけた所為、局長の左手甲をたたいた所為、局長の両肩に手をかけて前後にゆさぶつた所為、次長の左手甲をいわゆるシツペでたたいた所為、局長および次長のぞばで空缶をたたいた所為(局長室におけるそれを含む。)は、いずれも有形力の行使と認められるから、暴行罪の構成要件に外形的には一応該当するものといわねばならない。

ところで、犯罪の構成要件は、違法な行為を類型化したものであるが、ある行為が外形的に構成要件に該当するからといつて、それが直ちに違法性を有するものと断定すべきではなく、各構成要件には一定の重さの違法性が予定されており、構成要件概念も規範的、価値的性格を有するものであるから、たといある行為が特定の犯罪の構成要件に文理的に該当するようにみえても、その予定する程度の違法性に達しないときは、当該構成要件の該当性を欠くものと解しなければならない。そして、その違法性の有無、程度を判断するにあたつては、行為の原因、動機、目的、手段、方法、程度、法益の権衡等諸般の事情を具体的、実質的に考慮すべきである。

そこで、本件においても、被告人の行為が全法秩序の精神に照らし刑罰を科するに価する程の違法性があるかどうかを検討する。

一、違法性判断の資料となるべき諸事情

(一) 被告人の地位

被告人は、本件当時、公社の職員で、組合兵庫県支部の組織部長(専従)であつた。

(二) 組合の組織

組合は、公共企業体等労働関係法(以下「公労法」という。)四条二項に規定する者を除く公社の従業員中の大多数の者で構成されており、概ね公社の機関に対応して執行機関が設けられている。すなわち、公社の本社に対応する執行機関として中央本部があり、各電気通信局所在地に地方本部、各都道府県単位に支部、各現場機関に対応して分会がそれぞれ設けられている。

長田電報局に対応する長田分会は、従業員五三名中、局長、次長、係長各一名を除いた四八名により構成され、同分会の上部機関は兵庫県支部、その上に近畿地方本部がある。

(三) 昭和四〇年春斗における公社の労使関係の概要

1. 組合の斗争方針

組合は、昭和三九年以降、急激な物価上昇に対する大幅賃金値上げの要求を基調とし、それと結合して、公労法上採られている予算による給与総額制限制度の改正を要求し、公社の当事者能力を回復させるとともに、スト権の確立を最大の目標として斗争を推し進めた。

2. 斗争の経過

組合は、まず昭和三九年八月一四日、公社に対し、同月一二日に出された国家公務員の給与改善に関する人事院勧告(平均七・九%―二、五九八円ベースアツプ)に伴ない、翌年度予算には、最低この人事院勧告にみあう給与引き上げのための必要な予算編成を行なうよう要求し、同月二八日、翌九月一七日、二二日の三回にわたつて中央における団体交渉が行なわれたが、賃金問題、自主能力問題とも具体的進展はみられないまま、中央交渉は断絶状態に陥つた。その後同年一〇月九日、公社側から事態打開のため責任者による交渉の申入れがあり、同日および同月一三日に首脳交渉が開かれ、その際、公社側は、「組合の正式要求が提出されれば、公社は自主的に誠意をもつて検討し回答する。いたずらに日を延ばしたり、当事者能力の問題をめぐつて無意味な論争をせず、公社としての確固とした所信に基づいて昨年よりも前進した姿勢で回答をしたい」旨の積極的態度を表明するに至つた(以下「一〇・一三確認」という。)。

組合は、この確認を基礎にして、同年一一月九日、公社に対し、同年一〇月一日以降全組合員につき、その基本給に一定額四、六〇〇円と基本給の九%を積み上げた合計七、〇〇〇円の賃上げをすること、その他新賃金および賃金体系改訂に関する要求書を提出し、回答期限を同年一一月末日までとした。右要求書提出後の団体交渉は同年一一月三〇日に開かれたところ、公社側から、「賃金引き上げについて責任ある立場で回答するには先行きのことも十分考えて検討しなければならないので、本日はできない。いつ回答するかを含め検討のうえなるべく早く回答したい」旨の回答がなされ、組合はこれに対して公社の非を厳しく追及したが、結局回答期限を同年一二月一〇日まで延期した。ところが、その一二月一〇日の団体交渉において、冒頭公社側から、「昭和三九年度の賃金についての引き上げ要求には応じられない。昭和四〇年四月以降の賃金引き上げの要否については、今は判断しうる時期ではないので意見表明はできないが、今後民間賃金等の動向をもみながら態度を明らかにする」旨の言明がなされ、組合はこれに対し、「公社の態度は一〇・一三確認を全く無視した極めて遺憾なものである」旨非難したが、労使双方の歩みよりはみられず、翌一一日に持ち越された交渉においても同様の状態で、同日朝交渉は決裂した。このため組合は、公社が真の経営者としての責任を放棄し、約束を踏みにじつて事態の糊塗にのみみすごそうとする態度を断じて許すことはできないとして、同日非常事態宣言を発するとともに、指令第一号により約二時間の時限ストを含む斗争を全国的に展開し、その後さらにその戦術を強化した。それに加えて、同月一六日、日本社会党に対し、当事者能力問題の打開の緊急対処を要請したところ、同月一七日から翌一八日未明にかけて、政府、日本社会党間で事態の打開についての交渉が行なわれた結果、同日早朝、公社総裁と組合中央執行委員長の間に、「賃上げについては、その必要を認める、公社として具体的金額を提示できるよう努力しているので、できる限り早急に回答したい。なお懸案の当事者能力問題については、公社としてもその改善拡大のため最大限の努力を払う」旨の約束が成立し(以下「一二・一八確認」という。)、このため組合は急拠ストライキを含む斗争計画を中止した。

しかし、その後の交渉は全く進展をみないまま越年し、組合は、昭和四〇年一月七日、賃金問題につき、同月末日までに一二・一八確認に基づく回答を要求したが、その後の団体交渉においても、公社はただ努力している旨の一点張りで、何ら具体的回答を明示しなかつた。このため、組合は、一二・一八確認に基づく公社の自主的回答要求斗争をますます強化し、同月二八日、三〇日の両日にわたる団体交渉の結果、公社は、「昭和三九年一一月九日付の賃金引き上げに関する組合要求については、一二・一八確認に基づいて二月八日に回答する」旨言明するに至り、同年二月八日、組合に対し、五〇〇円程度の回答を提示したが、その内容は、高卒初任給与一、〇〇〇円引き上げを骨子としたもので、四万八、〇〇〇円以上の所得者については、わずかに一〇〇円の増額にすぎなかつた。(ちなみに、ここ数年の公社に対する仲裁裁定額は約六%ベースアツプ、国家公務員の給与に関する昭和三九年八月一二日の人事院勧告額は七・九%(二、五九八円)ベースアツプであり、また、消費物価の上昇率は、同年末現在の対前年比五%であつた。)

組合は、公社の右回答は組合員の家族の生活を全く顧みない公社の企業主体としての自主性を放棄したものとして、連日のように右回答額の根拠などを厳しく追及するとともに、同年二月一〇日から三日間にわたつて開催された第四〇回中央委員会において、ストライキを反覆して実施するとの方針を決定し、このストライキ批准のための一票投票が、同月二〇日から同月二七日までの間に全国で行なわれた結果、八八・三%の率でストライキが批准された。他方、公社の五〇〇円回答をめぐる団体交渉は、同年三月一日、公社側から打ち切りの意思が表明され、翌二日、公社は公共企業体等労働委員会(以下「公労委」という。)に対して調停を申請し、調停の段階においても五〇〇円回答にあくまでも固執した。

これに対し、組合は、賃上げ要求貫徹をスローガンとして、ストライキ体制の確立を背景に、集団交渉の要求、決起集会、示威行動を全国的に強力に展開したうえ、同年四月一〇日、公社の調停段階における五〇〇円回答固執の態度は、経営当事者の責任を全く放棄し、組合員に対する一二・一八確認を踏みにじるものであるとして、ついにストライキの決行を宣言し、同月二〇日、二三日の両日にわたり、始業時から正午まで自宅待機の方法によるストライキ(以下「半日スト」という。)が全国的に決行された。すなわち、同月二〇日の半日ストは、六四四事業所において、対象人員約一〇万五、〇〇〇名のうち、当日就労予定の者ほとんど全員が自ら就労を放棄し、同月二三日の半日ストは、一、〇五八事業所において、対象人員約九万八、〇〇〇名のうち、当日就労予定の者ほとんど全員がストライキに参加した。長田電報局においては、同月二三日、組合員二四名が前同様の方法でストライキを実施した。

その後、公社は、同月二七日、公労委に対し、第二次回答と称して月九六円上積みの回答を表明したが、組合においてこれに到底承服できなかつたため、組合中央斗争本部は、同日、「同月三〇日、始業時から正午まで、全国一斉全面半日ストライキに突入する」旨指令した。ところが、同月三〇日、公労委の仲裁に移行したため、組合は、右ストライキの決行を一たん中止して、その成り行きを見守ることとなり、その後、公労委仲裁委員会は、同年五月一四日、同年四月一日以降基準内賃金の六・二五%(一、八二五円)を引き上げることなどの裁定を下し、ここに昭和四〇年度賃金引き上げに関する労使の紛争は終りを告げたのである。

(四) 公社の組合員に対する処分と組合の右処分撤回斗争の展開

1. 処分の内容およびその根拠

公社は、同年六月五日、前記半日ストを理由に、解雇三二名、停職六七七名、減給一万一、八七七名、戒告一四万二、八四八名、合計一五万五、四三四名の処分を発表した。これは、当時の全組合員総数二〇万六、二六九名の七五%を越える多数にあたり、公社初まつて以来最大の処分であつた。兵庫県支部では、停職一二名、減給三三六名、戒告四、九五七名、ほかに出勤停止一名、合計五、三〇六名が処分され、また、長田分会では、減給五名、戒告二〇名、合計二五名が処分された。

公社は、右処分をするにあたつて、半日ストを争議行為と認めたうえ、解雇処分については公労法一八条を、停職以下の処分については、半日ストが無断欠勤に該当するものとして、公社法三三条、公社職員就業規則五九条一八号(五条一項、二項)、一九号をそれぞれ根拠としたものである。

2. 組合の処分撤回斗争の経過

組合中央本部は、公社の右処分発表直後、徹底した処分撤回斗争を強化して展開することを決定し、「六月五日以降一〇日間、全国一斉時間外労働拒否に突入するとともに、ひきつづき効果的に時間外労働を拒否すること、六月五日抗議の全国一斉時間外職場大会を開催し、公社当局に抗議するとともに、処分撤回の日まで徹底的に斗い抜く決意を再確認すること、別途連絡するところにより、抗議の諸行動を実施するとともに、六月一〇日以降長期にわたる抵抗行動とあわせて、パルチザン斗争を徹底的に継続して展開すること、一六万訴訟斗争ならびに公社責任者の罷免要求運動を別途連絡するところにより準備すること、すべての分裂策動をはねのけ、二一万の鉄のスクラムをますます強化すること」という指令第一一号を全国に発した。(右パルチザン斗争は、時間外の労働を拒否し、合法的に公社の機能に支障を生じさせること、ビラ貼りやゼツケンなどの着用により、組合の意思を表明すること、集団交渉を開き、処分理由の説明を要求すること、その他大衆行動を多面的に展開し、かつ、処分撤回に至るまで執拗に抵抗を継続することを内容とし、いわば順法斗争と職場斗争とを結合、強化した斗争を意味したものである。)

被告人の属する組合兵庫県支部では、右指令第一一号に基づき、同年六月五日、緊急執行委員会を開き、中心となる分会に直ちに執行委員を配置して、右パルチザン斗争の指導にあたることを決定し、被告人は姫路分会を担当した。他方、長田電報局でも、ビラ貼り、ゼツケン着用、時間外労働拒否を行なうとともに、連日執行委員と被処分組合員が中心となつて、同局局長、次長に対し、処分理由の説明を求め、処分の不当性を抗議する行動を行なつたが、処分発表のあつた六月五日の交渉においては、局長は、上部機関からの指示連絡も受けておらず、処分理由については辞令面のとおりだと答えるのみで、何ら具体的な説明をせず、その後の処分理由の説明要求に対しても同様であつた。なお、右六月五日の交渉の際、局長室に入つた多数の組合員との間に激論を交わした局長が、「わしの体にさわると警察を呼ぶぞ」などと興奮した言辞を吐いた事実もあつた。

兵庫県支部では、同月一八日ごろ、再び執行委員会が開かれ、それまでの職場斗争の状況に検討を加え、さらにこれを強化するため、再度各分会の職場斗争の点検指導を行なうことを決定し、被告人は、西播方面の各分会と神戸市内の長田等一部の分会を担当することとなり、同年七月二日、長田電報局に赴いた。同日午前九時三〇分ごろ、同局に到着した被告人は、休憩室において、折から長田分会会長金月幹男が同分会組合員と不当処分の問題について話合いをしていたのを傍聴した後、同分会組合員を激励するため各職場をまわつて、同日午前一〇時ごろ、不当処分に対する抗議をする目的で、局長室に赴き、前記第一の一において認定したとおりの行為に及んだものである。そして、局長室を退去した被告人は、宿直室において、右金月ら同分会役員とともにそれまでの斗争経過、現在の状況などを話し合つた結果、処分理由の説明要求に対する従来の局長、次長の態度および前記六月五日の局長の言動について抗議することとなり、同日午前一一時ごろ、同分会役員とともに窓口事務・通信室に赴き、前記第一の二において認定したとおりの行為に及んだものである。

〔以上の事実は、証人須田徹、同北井義一、同岩崎昇二郎、同片山甚市、同出口二郎、同金月幹男、同野村澄男および被告人の当公判廷における各供述、全電通週報各号、議事録照合事項写、支部交渉等記録書写を総合してこれを認める。〕

二、違法性の判断

(一) 昭和四〇年春斗における公社の態度について

前認定のとおり、組合は、昭和四〇年春斗において、大幅賃金値上げの要求貫徹を目標に、労使双方の自主的解決を目指して公社と団体交渉を重ねるとともに斗争を展開したのであるが、公社は、一〇・一三確認および一二・一八確認により、その自主的解決に積極的態度を表明したにもかかわらず、一二・一八確認以降の団体交渉においてもただ努力している旨表明するにとどまり、何ら具体的回答を与えないまま日時を遷延し、昭和四〇年二月八日に至り、前年一一月九日になされた賃金値上げに関する要求書提出以来三カ月経過後はじめて五〇〇円程度の回答を明示したのである。しかも、その回答額は、ここ数年の仲裁裁定額、昭和三九年の人事院勧告額および同年末現在の消費物価の上昇率などの諸事情ならびにその後公労委仲裁委員会が現実に裁定した前記賃上げ額に照らし、あまりにも低額にすぎるものであつたことが明らかである。にもかかわらず、公社は、前記五〇〇円回答にあくまでも固執した挙句、昭和四〇年三月一日、団体交渉を一方的に打ち切り、翌二日公労委に対して調停を申請した後、調停段階においても前記回答に固執し続け、同年四月二〇日、二三日の両日にわたる組合の半日ストを経て同月二七日に至り、わずかに月九六円上積みの回答を表明したにとどまり、同月三〇日公労委の仲裁に移行したのである。これは、一〇・一三確認および一二・一八確認を全く無視したものであつて、右のような公社の態度は、労使間の重要紛争事項の処理につき、誠意をもつて臨んだものとは到底認め難く、組合が強硬な斗争の必要を感じ、これを展開するに至つたことは十分首肯できることである。

ところが、公社は、同年六月五日、組合員に対し、前記組合の行なつた半日ストを理由に前記大量処分を行ない、これによつて、組合は莫大な損害を蒙むり、組合員から平均八、五〇〇円もの臨時組合費の徴収をするの余儀なきに至つた。〔被告人の当公判廷における供述〕

(二) 公社の組合員に対する処分の当否について

前認定のとおり、公社は、半日ストを理由に、解雇については公労法一八条により、停職以下の処分については公社法三三条、公社職員就業規則五九条一八号(五条一項、二項)、一九号により、それぞれ処分したものであるので、右処分の当否について考察する。

公労法は、公社職員に対し、一切の争議行為を禁止し(一七条)、それに違反した職員は解顧されるものとする(同法一八条)。この解雇は、職員が同法一七条によつて禁止されている争議行為を行なつたことを理由として、労働契約を解除するいわば通常の解雇であつて、職員の労働契約上の義務の不履行に対する制裁としての懲戒解雇ではないと解するのが相当である。また、就業規則は、本来業務が正常に運営されている場を前提として、そこにおける企業の経営秩序維持を図ることを目的とし、その企業経営内において就業するすべての職員の個別的労働関係を規制することを目的とするものであると解するのが相当であり、集団的、組織的労働関係である争議行為は、労働者が企業の有機的体制から一時的、集団的に離脱することを本質とし、その間使用者の指揮命令権は停止される反面、個々の労働者は労働力提供義務の拘束から解放されて労働者団体の統制下に服することとなるものであるから、通常時の就業を前提として定められる就業規則の条項は、少なくとも、単純な労務不提供にとどまる争議行為に対しては適用を許されないものと解するのが正当と考える。なぜならば、労働者が自らの経済的地位の向上を求めて、使用者に対し集団的に労務提供義務不履行を行なうところのいわゆる争議行為は、憲法二八条によつて保障された労働者の基本的な権利の一つであつて、濫りに制限の許されないものであることは明らかなところ、公労法は、争議行為の禁止(絶対的禁止ではなく制限と解すべきである。)違反に対する効果として、争議行為を行ない、あるいは、これを共謀し、そそのかし、もしくはあおつた者に対する解雇の自由(同法一八条)、および労働組合法八条の適用除外を定める(公労法三条)にとどまり、このような行為を使用者の懲戒の対象となるものとはしていないのである。そして、これこそ、公共企業体職員の労働関係を規律する基本法たる公労法の争議行為に対する根本的態度なのであると解され、一方、公社法三三条は、その見出しとして(懲戒)の語を附記し、職員の一定の行為に対する懲戒処分として免職、停職、減給又は戒告の処分を定め、同条に基づく公社職員就業規則は、その五条一項において、見出しとして(局所内の秩序風紀の維持)の語を附記したうえ、職員のみだりに欠勤し、遅刻し、もしくは早退するなど局所内の秩序風紀に違背する行為を禁止する旨を規定し、これに違反する行為について、同規則第四章第二節「表彰および懲戒」の節の内に、五九条として、(懲戒)の見出しを附記したうえ、その一八号に右五条違反の行為を懲戒処分の対象として掲記しているのであるが、同条一九号は、さらに、懲戒処分の対象行為として、故意に業務の正常な運営を阻害し、もしくは妨げることをそそのかし、またはあおつたときをも掲記しているのである。他方、同規則六条は、(争議行為の禁止)なる見出しを附記したうえ、職員の同盟罷業、怠業その他業務の正常な運営を阻害する一切の行為ならびにこれらの行為を共謀し、そそのかし、またはあおることを禁止する旨公労法一七条一項と全く同旨の争議行為禁止規定を設け、これに違反する行為に対する効果として、前記懲戒の根拠規定と異なり、ことさら同規則中別節の第四章一節「任免」の節中の第五六条に(公労法一八条の規定による解雇)の見出しを附記して、第六条の規定に違反する行為があつたときは公労法一八条により解雇される旨を規定しているのである。しかして、右五条違反の行為および五九条一八号(前記五条一項違反)一九号違反の行為が業務の正常な運営を阻害するという点においては六条違反の争議行為と異なるものでないことを考えれば、公社法三三条およびこれに基づく公社職員就業規則五九条一八号一九号は、前記公労法の精神の正当な理解のもとに、正当な争議行為は就業規則による懲戒になじまない行為であるとの見解に立脚して制定されたものと解される。(このことは、昭和四〇年六月一五日および同月二二日に行われた近畿電気通信局と組合近畿地方本部との間の団体交渉において、公社側も認めているところである。〔議事録照合事項第五八号、第六一号〕)。

そこで、組合の行なつた前記半日ストの正当性について検討する。

1. 目的の正当性

前認定のとおり、組合の同年四月二〇日、二三日の両日にわたる半日ストは、一〇・一三確認および一二・一八確認の完全履行による賃金値上げの要求貫徹という組合員の経済的地位の向上をはかることを目的としたものであつて、その目的においてまさに正当であつたことは疑いのないところである。

2. 手段の相当性

前認定のとおり、半日ストは、組合中央斗争本部の指令に基づき、組合員団結のもとに始業時から正午まで自宅で待機する方法で行なわれたものであつて、それは単純な労働力供給の停止にすぎず、全国的規模で行なつたものであるとはいえ、前示のとおり、全事業所一斉に実施することを避けたものであり、これに前記公社側のとつた度重なる背信的交渉態度を併せ考えると、公社の事業の現状における公益性、独占性を考慮しても、その手段においても、相当性の範囲を逸脱したものとはいえない。

してみると、組合の半日ストは、公労法一七条に違反した争議行為であることは明らかであるが、同ストをもつて、直ちに、公社法三三条、公社職員就業規則五条、五八条一八号一九号所定の懲戒事由に該当する違法な行為と即断することは、当裁判所のとりえないところである。したがつて、公社が公労法一八条を適用して解雇処分を行なつたことはともかく、公社法、公社職員就業規則を適用して、停職以下の懲戒処分を行なつたことは、懲戒権の濫用であり違法というほかはない。

(三) 被告人が本件行為に及んだ原因、動機について

前認定のとおり、組合は、団体交渉の過程において背信的態度をとつて来た公社が行なつた、大量処分の撤回を目標に、全国的にパルチザン斗争を展開したのであるが、被告人は、その一環として、パルチザン斗争の点検指導を行なう目的で長田電報局に赴き、同職場における斗争の点検指導を行なうとともに、局長、次長に対し、処分理由の説明要求および不当処分に対する抗議を主目的として、本件行為に及んだものである。ところで、処分理由の説明については、前記第二の二の(三)に述べたとおり、労使間の合意、長田電報局における慣行、それに加えるに、局長および次長が、被告人の説明要求に対して何ら拒絶しなかつたばかりか、むしろこれに応じていたこと〔前掲第一の各証拠〕の各事実を総合すれば、右説明要求の目的に何ら不当な点は見当らず、又不当処分に対する抗議についてみるに、処分理由の説明に不備不明確な点があればこれを質し、不当な点があればこれに抗議することは、もとより当然のことであり、これは、右処分理由の説明要求と密接不可分の関係にあるのであるから、前同様に右抗議の目的もまた正当であるといわねばならない。

もつとも、本件行為における被告人の言動に徴すれば、被告人は、局長および次長に対し、いやがらせの目的で前示有形力を加えた事実も否定し難いところであるが、前掲第一の各証拠によれば、それは、肉体的苦痛を与える目的でなされたものではないこと、前記第一の一の行動においては全く瞬間的なものであること、また、同二の行動においては、局長および次長が処分理由を明確に説明しえなかつたこと、ないしは抗議に熱が入りすぎたことに触発された偶発的なものであつたことが認められ、その背後にある公社のとつた前記経緯における数々の不当な態度およびその挙句の違法な処分に対し、これが撤回要求という正当な目的に鑑みれば、被告人の右行為に対する社会的非難性は、極めて軽いものというべきである。

(四) 局長および次長に対する法益侵害の程度について

前掲第一の各証拠によれば、被告人の本件行為において一応暴行と目される各所為のうち、局長室における所為は瞬間的な極く軽度のものであること、また、窓口事務・通信室における各所為は、断続的に、かついずれも極く短時間に行なわれたものであること、その程度は、極く軽いものであつたと認められること、局長および次長は、被告人は右行為の制止あるいは退去を求めるなどの態度を示さなかつたばかりか、途中被告人が水を飲むために場をはずした際もそのまま待つていたこと、局長においては、被告人に対して言い返すなど自己の意思を明確に表明しているほか、被告人が前記石油の空缶をたたいた際、「わしは左の耳が悪いから右の耳でたたいてくれんか」などと冗談を言つていること、局長および次長は被告人の本件行為について当初から告訴などの意思を持つていなかつたことの諸事実が認められ、右の各事実を総合すれば、被告人の局長、次長に対する法益侵害の程度は、極く軽微であつたといわざるをえない。

(五) 結論

以上判示したとおり、本件行為の原因、動機目的、手段方法、程度、法益の権衡等諸般の事情を考慮すれば、被告人の本件行為は、いまだ暴行罪の構成要件の予定する程度の違法性に達しないものといわねばならず、結局犯罪を構成しないものと解すべきである。

よつて、被告人に対し、刑事訴訟法三三六条により無罪の言渡しをすることとし、主文のとおり判決する。

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